| 「ガラスの動物園」 皆川知子 | |||||||||||||||||||||||||
| イリーナ・ブルック演出による『ガラスの動物園』は、ローラの幻想の物語である。 夫に家出され、子供たちに過剰な期待を抱く母アマンダ(木内みどり)、幼い頃の病気がもとで足が不自由になってしまった内気な姉ローラ(中嶋朋子)、倉庫で働きたった週65ドルの給与で一家を支えるが、父親と同様に家出する詩人の弟トム(木場勝己)。厳しい現実から目をそらすように幻想世界に生きている彼らが住む安アパートに、「現実世界からの使者」であるトムの友人ジム(石母田史朗)が、夕食の招待を受けて訪ねてくる。 舞台の三方には天井から床まで長い紗幕が垂れ下がり、薄汚れた安アパートの壁として、そして時おり映像を映し出すスクリーンとして使用される。そして語り手であるトムのことばに導かれるように、紗幕の向こうから、アマンダとローラが、遠い過去からやってきた死者の蘇りのように登場する。またトム役の木場は、現在の中年の姿のままで、若き日のトムを演じる。つまりこれが追憶の物語であると、観客は終始意識させられるのである。 木内演じるアマンダはどこか上ずった口調や立ち振る舞いで、木場演じるトムは飄々とした客観的な眼差しで、それぞれ現実逃避への衝動をにおわす。裏を返せば、この二人は幻想世界に逃げようとも、同時に現実への未練を断ち切れずにいるのである。これに対し、中嶋演じるローラは、自らの幻想世界の中で完結している。3人で囲んだ食卓でアマンダがトムに食事の仕方で小言をいうとき、またアマンダがローラにビジネス・スクールをやめたことをなじるときでさえ、何かに怯えたようなローラの細い体は、相手との交流を断ち、自らの殻に閉じ込めるように硬直する。 ローラはハイスクール時代に片思いを寄せていたジムと再会する。快活で如才ないジムの優しい言葉によって、ローラの心が開放されるさまを、彼女は舞台前面に立ち、手で鳥を放つようなしぐさで舞って表す。そしてジムにキスをされると、ローラは鳥が羽を伸ばすように両腕を広げ、天を仰ぐようにして、一粒の涙を流す。それは舞台後方でキスを後悔するように俯くジムの姿と対照的にみせるためのものではない。ローラの最高の喜びでさえ、彼女の深い孤独と共に、我々の手の届かぬところで凍結されていくさまを示すのだ。観る者に、感動と共に底知れぬ不安感をもたらす瞬間であった。 終幕、舞台奥のスクリーンに、ローラの顔の映像が大きく映し出される。もはや幻影と化した彼女が、ほっとしたように微笑む。その表情に、幻想世界に救いを求める人間への、演出家の深い共感を見た。 |
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(上演データ)
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